ちょっといい話 中部銀次郎氏
40年来のお客様、Kゴルフチャンピオン6回 タイトルホルダー保持者S氏がKAゴルフクラブの会報に日本を代表する生涯トップアマチュアゴルファー中部銀次郎氏の流儀という題で、掲載された文章を読ませて頂き心良い気分にさせてもらいましたのでその文章をご紹介させていただきます。
『名人中部銀次郎氏の流儀』
もう40年も前の関東クラブ対抗埼玉地区予選の日、その朝スタートを待つ私はゴルフ界のレジェンドとの組み合わせに少なからず緊張していました。すると後方から「オイS、おまえ中部と一緒の組か」と聞き覚えある声、声の主はかつて中部銀次郎氏のライバルであったといわれる大学の先輩。そして更に大きな声で「中部なんて世間で言うほどのもんじゃねえぞ、遠慮なんかするなよ」と私をリラックスさせるというよりは中部さんへの挨拶代わりのジャブを放ったのです。これに振り返った中部氏「なんだおまえMの後輩か、そういえばAの関東アマ優勝パーティや結婚披露宴でスピーチしてた奴だな、あれ面白かったぞ」と一言。荒っぽい紹介の仕方があったものですが先輩は有難い。これですっかり気を許してくれたのか、彼は口数の少ない感じの人でしたが、その後初対面の私と思いのほか会話もしてくれました。
さてそんな伝説の人とのラウンド、それは驚きの連続でした。スタートして間もないやや打ち上げのショートホール、当時は競技でも所謂コールオンが行われていました。自分の打球がどのあたりに行ったのか誰しも早く見たいもの、しかし前の組はまだグリーン上、先頭を歩く彼はグリーンから100ヤードも手前で歩行停止、前の組のプレーの妨げにならぬよう充分な距離を取っているのです。私などは早くボールの処に行きたくてうずうずしているのですが、第一人者が動かなければ皆前に進めません。これは今まで経験したことの無い一日になるなと思いました。
次に驚かされたのはグリーン上です。いつも自分のボールの後ろで背筋を伸ばし、じっと静かに突っ立ていて決して動き回らない、反対側に行ったりしゃがみ込んだりなどしないのです。よく見るとラインに対し体を幾分か右に振ってやや顎を引き目を細め、グリーン全体の様相を大局から把えようとしているかに見えます。そして打順となればサッと構えを整えて迷いのないストローク、これがなんとも格好良い!まるで宮本武蔵が五輪書で説いた「観の目」のようであり、塚原卜伝の一振りもかくやあらんかという感じです。
すっかりウォッチャーと化した私はそのうちもっと驚くべきあることに気付きました。彼はラウンド中素振りをしない、フルスイングのみならずアプローチ・パットに至るまで一切しませんでした。これは想像ですが、競技中の待ちの時間などではその場面ごとのストロークを脳内に描いていたのかもしれません。そして実際のショットではその下書きをなぞるかのように身体とクラブを丁寧に動かしているようでした。
ことさら急ぐでもなくバタバタしない、しかし所作振舞いに無駄が無く実に美しい、歩行スピードも早め、ご自身は芸能で言う処の幽玄のようなものを追求していたのかもしれませんが、それは洗練されたゴルフとはこういうものだよと同伴の私たちに教示しているようでした。これはもうプレーファストの極致のように思われます。
なお余談ですがこの日の中部氏多少のミスもありスコアはたしか76、私の方もそこそこの結果で、忘れえぬ私にとってまことに幸せな一日でありました。
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